大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1093号 判決

よつて被控訴人の解約申入の当否について判断するに、借家法第一条の二にいわゆる正当の事由の存否を認定するに当つては、賃貸人及び賃借人双方の利害得失を衡平の精神に則つて比較考量するほか、争議発生以来の双方の行動を観察し、信義則に従つて誠実に争議の解決に努力したか否かをも参酌し、その他具体的事案に顕われた諸般の事情を仔細に検討して判断すべきものである。そこで、この見地に立つて本件解約申入について正当事由の有無を考えてみる。成立に争のない乙第四号証の五ないし七、原審及び当審証人臼井なをの証言、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、被控訴人は昭和二十六年訴外大柿勝美と結婚したが、住宅がないため、やむなく被控訴人の実家に同居し、昭和二十七年頃からそこで美容院を経営してきた。ところが、右実家は表通りから露地を曲折して約五間入つたところにあつて裏通りに面しているため顧客が少く営業上思わしくない。のみならず、被控訴人の実家は昭和二十八年十月二十九日父金太郎が死亡したので、その後は収入の道がなく、被控訴人から生活上の援助を受けるようになつた。このため被控訴人と被控訴人の夫の親との関係が面白くなくなり、また家庭内でも円満を欠くようになつた。そこで被控訴人の実家では被控訴人夫婦に実家からの立退を求め、その後は間貸等によつて収入の道を開くことを企図している。被控訴人はこのような窮状を打開するため表通りに面した自己所有の本件家屋に引き移る必要を感じ控訴人に対して本件賃貸借の解約申入をするようになつたものである。

控訴人は被控訴人方美容院への道路入口に被控訴人は美容院の看板を掲げているので、表通りで営業していると同一状態であるのみならず、美容院は技術で客を呼ぶものであつて、商品を陳列して直接客を呼ぶ控訴人方の酒屋営業と異り表通りなるが故に必ず繁昌するとは限らない旨主張する。なるほど、成立に争のない乙第四号証の五ないし七、当裁判所が真正に成立したものと認める同号証の一ないし四によると、被控訴人は現在経営している前記美容院への道路の入口に客を誘致するための看板を掲げていることを認めることができるけれども、表通りに面した本件家屋で美容院を経営することは、裏通りの現在の場所におけるよりも営業上遙かに有利であることは容易に推認しうるところであるから、控訴人の右主張は採用することができない。その他に前認定を左右するに足る証拠は存在しない。

飜つて控訴人側の事情についてみるに、成立に争のない乙第一号証と当審証人那須英夫、梨本文夫の各証言及び当審における控訴本人尋問の結果を綜合すると、控訴人方では亡夫義次が本件家屋を賃借以来永く同所で酒屋営業をなし、義次死亡後も控訴人名義で右酒屋営業を続け、家族は控訴人のほか長男晃(大正十五年七月十七日生)二男二郎(昭和二年九月二十五日生)三男英夫(昭和四年六月三日生)長女静子(昭和六年六月十七日生)四男茂夫(昭和七年八月三十日生)二女澄子(昭和九年二月十七日生)の計七人で、長女静子が現在デパートに通勤しているほか他の子女等いずれも控訴人の酒商の手伝をして本件家屋に同居しており(但し三男英夫のみは後記認定のとおり本件家屋と道路を挾んだ向側の自己所有の家屋に居住している)、主として右酒屋営業による収益によつて一家の生活を支えているものである。

次に控訴人方においては、本件家屋に近い横浜市神奈川区七島町一五七番の二四に三男英夫名義で宅地四十六坪余を所有し、右地上に長男晃名義で木造トタン葺平家二戸建一棟建坪八坪二合五勺の家屋を所有し、その内の一戸は控訴人方において自ら物置として使用し、他の一戸は昭和二十年頃から訴外藤田資に賃貸していること、また同町一三一番に控訴人の亡夫義次名義で木造トタン葺平家建一棟建坪十五坪の家屋及び同町一六二番に木造トタン葺平家建一棟建坪九坪七合五勺の家屋を所有し十数年前から第三者に賃貸中であること、更に右英夫名義で同区大口通二番の四、宅地三坪五合九勺、同区七島町一六三番地の四、宅地十二坪九合一勺を空地として所有してきたところ、昭和三十年六月末頃家屋を新築してこれを訴外宮次郎に賃貸し同訴外人が目下同所で洋品店を経営していることはいずれも控訴人において認めているところである。

控訴人は右家屋はいずれも控訴人の家族が移転することが不可能であると主張する。なるほど当審証人那須英夫の証言及び当審における控訴本人尋問の結果によれば、右晃名義の所有家屋並びに亡夫義次名義の所有家屋は裏通りに面した場所であることが認められるので、控訴人が従来営んできた酒屋営業を続けてゆくためには、不可能なことでないにしても、適当の場所でないことは容易に推認できるところである。しかしながら成立に争のない甲第四、第五号証、乙第三号証と当審証人宮次郎、梨本文夫、那須英夫の各証言並びに原審及び当審における被控訴本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、控訴人の三男英夫名義の前記二口の宅地は本件家屋と道路を挾んだ向側に存在する一団の土地で商店街である表道路に面し営業上好適の場所であつて、被控訴人からの本件解約申入当時においては空地として放置せられていたものである。そして被控訴人先代金太郎が存命中控訴人を相手方として横浜簡易裁判所に本件家屋明渡の調停を申し立て、右調停において、右金太郎から控訴人に対し、どうしても本件家屋の明渡ができないならば、その代りとして、当時空地となつていた前記宅地を賃貸せられたい旨申し出たのに、控訴人はこれを拒絶し、更に本件訴訟が原審に係属中調停に付されたときも右調停において被控訴人から同様の申出をしたのに、控訴人は同じくこれを拒絶し、しかもその後被控訴人に何等の話もなく昭和三十年四月頃長男英夫名義で訴外宮次郎から権利金二百二十万円(その後百八十万円に変更)の約定のもとに、その受領した権利金の一部を以て右空地となつていた宅地に二階建店舗兼住宅一棟を新築し、同年七月一日、存続期間向う六年、賃料一ケ月金一万五千円、毎月末日その月分を支払う約で右訴外人に右新築家屋の階下十六坪余を賃貸し、同訴外人において目下同所で洋品店を経営中で、右新築家屋の階上は、右英夫において自ら居住使用していることを認めることができる。

そもそも、住宅復興が強く叫ばれているのに遅々として進まず未曾有の住宅難時代に移転先を得ることが容易でないことは顕著なる事実である。こうした事情のもとに家屋明渡の紛争を解決するためには、当事者双方において互譲の精神を以て、互に相手方の立場をも充分に考慮し、転居先を協力して探し求める等適当に解決することが望ましいのであるが、訴訟上においてはよろしく衡平の精神に則つて判断するよりほかいたし方がないであろう。

本件において、控訴人が永年住み馴れた住宅と店舗から他へ移転することは、その営業上も少からぬ支障を生じ、控訴人並びにその家族にとつて堪えがたいところであることは容易に推察できるのであるけれども、控訴人がその移転先を探し求める等紛争解決のため誠実に努力したことはこれを認めるに足る何等の証拠も存在しないのみか、反つて前認定のとおり被控訴人の本件解約申入当時から本訴提起後の昭和三十年四月頃まで空地のまま放置せられていた控訴人方所有の前記宅地は、商店街である表道路に面し、しかも本件家屋と道路を挾んですぐ向側に存在するのであるから、控訴人の移転先としては好適の場所で、同所への移転は控訴人にとつてその営業上の支障も少いものと考えられる。控訴人は右宅地を空地として放置したのは家屋新築の資力がないためであると主張する。そして英夫名義で新築した家屋の資金が訴外宮次郎から受領した権利金の一部を以て充てられたことも前認定のとおりであるけれども、控訴人方においては子女は皆成年に達し充分に働く能力を有しておるのみならず、家屋三棟のほか宅地数十坪を所有していること前認定のとおりであるから、控訴人において誠実に本件紛争解決の意図があるならば、他人に右空地を利用させなくとも、自ら金策し自己の移転先として右空地に適当な家屋を建築すること不可能なことではなかつたものと判断せられる。また調停において被控訴人方から本件家屋明渡の代りに右空地を賃貸せられたい旨申し出たのであるから、控訴人方において他人にこれを利用させるくらいならば、被控訴人の右申し出を受諾し被控訴人に賃貸するにおいては、本件紛争は容易に解決することができた筋合である。しかるに控訴人方においては被控訴人に何等の話もなく訴外宮次郎に右宅地上の新築家屋を賃貸してしまつたのであるから、控訴人主張の移転先がないとの点はいわば控訴人の恣意により自ら招いたものともいえるのである。

以上当事者双方の利害得失その他前認定の諸般の事情を綜合するときは、被控訴人の本件賃貸借の解約申入は正に正当の事由ある場合にあたるものと認むべきである。

(浜田 仁井田 伊藤)

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